書店員がおすすめの本を紹介するコーナー。 2025年9月号

薬物依存症
松本俊彦 /著 ちくま新書 1,210円(税込)

「薬物依存症」というと、いまだに「意志の弱い快楽主義者」「ヤクザとつながりがある」「ヤバい」などの印象を持つ人がいるかもしれません。
しかし実際には、多くの薬物依存症者は社会の中で痛みを抱えて孤立し、その痛みを和らげてなんとか生きていくために薬物を使用している人たちです。「依存症の本質は快楽ではなく苦痛にある」(285頁)のです。
本書は、薬物と依存についての基本的な情報を提供することで、世間に流布する薬物依存症にまつわる誤解を解消する、優れた啓蒙書です。また、単純な厳罰化や規制強化の問題点を指摘し、必要な支援と治療のあり方を提示する、実践的な書でもあります。
さらには、薬物依存症者を辱め排除することによって、依存症の問題をかえって深刻化させる社会の方に読者の目を向けさせるという意味で、批評にもなっています。最終的にその批評は、そのような冷酷な社会の規範を内面化した私たち自身の生き方・考え方を見つめ直すきっかけになります。
依存症者が安心して「クスリをやってしまった」「クスリをやめられない」と言えない社会が誰にとっても生きづらい社会であるのだとすれば、私たちが持っている「生きづらさ」は、安心して「失敗してしまった」「生きづらいんだ」と言えないことから生じているのかもしれない―本書を読んで、そんなことを考えました。 (が)